風立ちぬの感想とネタバレ!宮崎駿の少年と老人性、母性と死の匂い

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宮崎駿監督の最新作「風立ちぬ」を見てきました。

風立ちぬ 感想 ネタバレ

そして、映画を見てから、

ちらほらと「風立ちぬ」の感想を

ネットで見てはみたのですが・・・。

 

ちょっと私と見え方が違うのでは?

と思ったので、感想を書こうと思いました。

 

内容はネタバレするので、

ご了承ください。

 

そして、一般人の感想なんて読んでると

胸糞悪くなるという方は読まないでください(苦笑)

 

ただ、よくあるような

「泣いちゃいました」とかそういうことなら

ツイートすれば十分ですので、

今回は、結構あまり他の方のレビューでは

書かれていないようなことを

書けたらと思います。

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「風立ちぬ」の感想スタート!

まず、どうしても気になったことが一つ。

 

この映画は、宮崎駿が

少女でもなく、

少年でも中年でもない、

青年を描いた映画だと言われています。

 

いわゆる、子供のことを念頭にして

作品を描いて来た以前の宮崎駿監督からしたら、

描くものの年齢が上がったことから、

「宮崎監督もついに少年から青年になったか?」と

ツッコまれそうな感じがするんですが、

実際に見ると、今まで以上に「少年宮崎駿」が

全開でした。

 

え!主人公は少年から青年になり、

恋もして結婚もしてキスもして

ちょっとしたベッドシーンもあります。

 

だから、大人向けの宮崎作品か?というと、

全然そうは思いませんでした。

 

今まで以上に、宮崎駿監督の少年性が強い映画だと思いました。

 

もちろん、根拠があります。

 

「風立ちぬ」は少年の映画だと思った

というのも、

まず、今までの主人公の中で

最も社会性が低い(苦笑)

 

もちろん、堀越二郎は、大学を出て就職をして

海軍から依頼された飛行機を制作していきます。

 

でも、あっけらかんと言えるほどに、

それらの社会との関係が希薄なんです。

 

そもそも海軍なんかの話なんて耳も傾けず、

責任があるポジションにいながら、

そんなのほっぽり出して

恋人に会いに行ったり。

 

しかも、それでも会社は特に咎めず

元のポストに戻っています。

 

そして、最たるは、

冒頭の関東大震災の発生です。

 

このような社会全体を揺るがすような

出来事も単なる運命の人との出会い

という要素のみでしか描かれません。

 

つまり、ここで宮崎駿監督の描きたかったのは、

関東大震災という社会事象よりは、

愛する人との運命の出会いという

パーソナルなものだということです。

 

きわめて、パーソナルな部分のみに

フォーカスされて

堀越二郎は激動の時代を生きていきます。

 

こういった点から、

とても、社会とはかけ離れた場所で生きているような

そんな青年なのです。

 

そして、ここまで社会と切り離されながら

今を生きるリアルな青年は生きていけないと思います。

 

震災が起きれば己のちっぽけさを考えるし、

会社に入れば上司や顧客の要求に頭を悩ませたり。

 

そういったことを特に気にせず

パーソナルな世界で生きていける存在。

 

それは、やはり少年だと思うのです。

 

ぶっちゃけ、この堀越二郎よりも、

「天空の城ラピュタ」の

パズーの方が大人なんです。

 

シータのことを考えて金貨を握りしめて諦めようとしたり、

仕事と趣味と現実と夢とを区別できていましたからね。

 

今回の、堀越二郎さんに関しては、

社会的責任というよりも、個人的な探求心から飛行機を設計し、

社会的な夫婦という関係よりも、運命の人への愛が

優先されています。

 

キスもたくさんします(笑)

 

そして、さらに、

夢と現実の境界線が一貫してあいまいです。

 

夢が現実に浸食しているような、

現実が夢を追いかけているような

不思議なパラレルワールドのような描写が

ずっと続いていきます。

 

このような世界観も、

主観と自我が強すぎる少年の世界のようです。

 

ですから、私は、この「風立ちぬ」は

宮崎駿監督は表面的には青年を描いていますが、

宮崎監督の中にある少年性が最も爆発した映画だと思います。

 

これまでは、

宮崎駿監督は、少女の成長を描くのがメインでした。

 

それが、やっと中年でもなく、青年でもなく、

やっと少年を真正面から描いたのだと思いました。

 

この視点については、

いろいろと感想を読みましたが、

触れられているものがなかったので、

あれ?と思ったので指摘してみました。

 

そして、堀越二郎があまりに少年なところが、

宮崎駿監督がメッセージとして伝えたいことのようにも

思いました。

 

つまりは、現在の日本で失われたのは

二郎のような少年性なのではないか?という

メッセージです。

 

とは、言ってみたものの、

これは宮崎監督が描きたかった世界から

勝手に感じ取ったものかもしれません。

 

だって、そんなメッセージもないんじゃないか?

と思えるくらいに、

今回の映画は宮崎監督は

自分の好きなように映画を作り上げたように

見ていて思ったからです。

 

「生きねば」というメッセージも

その題字を書いたプロデューサーである、

鈴木敏夫さんの入れ知恵のように思えてなりません。

 

宮崎駿監督は、鈴木プロデューサーに

誘導される形で、「生きねば」という

メッセージを見出しただけで、

元来の宮崎原作には、

おそらくそんなメッセージはなかったのではないか?

と私は推測します。

 

それくらい、自由な作品だと

「風立ちぬ」は思いました。

 

そして、最終的には、

先ほど話した少年性が色濃いにも関わらず、

のにおいがぷんぷんします。

 

「風立ちぬ」の死のにおい

まず、二郎の妻になる菜穂子

彼女は最初は死のにおいはしませんでしたが、

途中からは死ぬために生きているように思えます。

 

また、関東大震災や戦争においては、

死のにおいは全然しないのに、

堀越二郎からも死のにおいが常に漂っています。

 

まず、少年時代の二郎の夢の中での描写。

ドイツ人の工作員との接点での危うさ。

特高から狙われている点。

などなど死が薄い皮一枚隔てた先に

待っているように感じられてなりませんでした。

 

つまり、これは宮崎駿監督の

老人性なのではないかと思います。

 

若いころは感じることがなかった、

死への嗅覚が今の宮崎駿監督には

歳を重ねたことで身についてしまっていて、

それが作品にも色濃く出ていると思うのです。

 

つまり、この作品には、

一見して目で見える青年はいますが、

青年性は欠落しており、

少年性と老人性が濃厚な奇妙なバランス

作品だと私は感じました。

 

そのもっとも最たるシーンが、

ラストシーン

夢の世界と冥界がつながっているという

あの描写です。

 

そして、その夢の世界でも冥界でもない

現実で堀越二郎は生きることを選ばされ、

おそらくラストシーンの後には、

本来の意味での青年として生きていくのではないでしょうか?

 

と、私は、「風立ちぬ」を見て感じました。

 

宮崎駿の青春と母性

だって、宮崎駿監督の青年期って

ほとんどアニメーションに携わってて

我々が普通に享受するような青春

おそらく彼にはなかったと思います。

 

そして、失礼かもしれませんが、

あのくまさんのような容姿じゃないですか(笑)

 

おそらくあまりモテなかったと思います。

 

だから、あまりに理想的すぎる恋愛が描かれていると思います。

モテてしまっていろいろと女性と付き合ったことがある人は、

ああいった描き方はできないと思います。

 

そして、二郎の妻である菜穂子については、

あまりに理想的な女性でありすぎるために、

母性的でありもします。

 

キスはしていましたが、

存在は母親のようです。

 

堀越二郎を支え、成功へと導く様は、

良妻ともいえますが、

根源的な母親が子供を見守るように

一点の曇りもありません。

 

また、もしも二郎が青年であり、

菜穂子が妻であったら、

ドラマとして子供が生まれてもよかったと思います。

 

でも、ノンフィクションだったからか

二人には子供はできません。

 

でも私は、宮崎駿監督は少年として描いた二郎と

妻の菜穂子は母親が投影されすぎて

子供を描く発想が生まれなかったのか、

子供を描かないことをあえて選択したのではないか?

とも思います。

 

と、私は見て思いました。

 

「風立ちぬ」の感想をよかったらコメントに

それで、私がこれだけ言っただけだと

あまり面白くないと思うので、

是非、下にコメントいただけたらと思います!

 

コメントで多くの人の意見が多くの人と共有できたらと思います。

 

このサイトは、そこそこアクセスはありますから、

コメント書いていただいたら、

あなたの意見も多くの人に読んでいただけるかと思います。

 

最後に、もちろん、

私は「風立ちぬ」はいい映画だと思いました!


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“風立ちぬの感想とネタバレ!宮崎駿の少年と老人性、母性と死の匂い” への6件のフィードバック

  1. 通りすがり より:

    記事、楽しく読ませていただきました。

    >今回の映画は宮崎監督は
    >自分の好きなように映画を作り上げたように
    >見ていて思ったからです。

    この辺は激しく同意です。あの映画からは、素のまじりけのない宮崎駿が現れているように感じました。

    宮崎監督は何かのインタビューで「映画を作るという事は、人前に素っ裸で立つようなもの」と表現していました。それでも、トトロや魔女の宅急便など草創期はスポンサー都合や時代背景もあったでしょうから素っ裸に肌着ぐらいは着ていたのかもしれません。
    「風立ちぬ」は本当に素っ裸に感じました。

    >それが、やっと中年でもなく、青年でもなく、
    >やっと少年を真正面から描いたのだと思いました。

    この辺は面白い考察だなと思いましたが、僕はやはり、青年を描いたのではないかと思いました。それどころか宮崎監督の映画は、すべて青年向けだとさえ感じています。

    千と千尋も、ハウルも、青年に忘れかけてる何かを伝えるために描いているように私には映ります。
    (主さんが言いたいこともそういう事なんでしょうが)

    • admin より:

      コメントありがとうございます!

      すべての宮崎映画が青年向けという視点は
      すごい面白いですね~。

      確かに、今回の「風立ちぬ」は
      青年に忘れかけているものがたくさん描かれていました。

      仕事への姿勢や妻への愛情など、
      宮崎駿監督は今の青年には珍しい
      ある意味、彼の理想的な青年を描いていますよね。

      それがぼくは少年のように見えたのでした。

      でもだから少年向けというわけじゃなく、
      青年向け映画だというのは
      ぼくも同意です!

      あと、ぼくは男で、
      それでも少女が主人公なのが多い宮崎アニメを見て、
      とてもいろいろ考えさせられました。

      ということは、青年に向けたメッセージが
      ふんだんに込められているということですよね。

      それ、気付いてませんでした~。
      面白い指摘ありがとうございます!

  2. なお より:

    こんにちは。

    先日映画を鑑賞したので、いろんな人の感想を読み歩いていてたどり着きました。

    二郎は少年である。

    私も、いろんな感想をよんでいて、二郎が薄情だとか、恋愛において菜穂子が可哀想だという感想が多いなあと感じたのですが、
    そうではなく、それはまさしく二郎の少年性によるもので、二郎なりの恋愛だったと感じました。

    ぶっちゃけ、この堀越二郎よりも、

    「天空の城ラピュタ」の

    パズーの方が大人なんです。

    記事を読んでいて、そうそう!とすごく共感してしまいました! 笑

    でも、二郎の少年性(私にはこの言葉で表現していいのか、いまいちまだピンとこないのですが、) による恋愛が私にはあまりにも純粋に移り、加代の「菜穂子さんがかわいそう」という言葉に、内心、ほっとけ!これで2人は幸せなんだよ!と思ってしまいました。笑

    でもこれは(もてない)男性の理想的な恋愛なんでしょうかね。朝はやく夜遅いことを文句も言わずまってるからですか?
    菜穂子が病身を推して二郎と暮らすこと、
    結核がうつるかもしれないのに?
    死にゆく醜い姿を見られたくなく、姿を消すこと。
    菜穂子も意外と大和撫子的ではなく愛に生きてるなあと思いました。
    私だったら身を引いてずっと病院にいるかも。それだけ愛してる人なら。
    でも、2人はお互い好きだから一緒にいる、自分たちができる範囲で。
    二郎は飛行機の夢を少年のように手放さずに。

    とりあえず、私は、2人の恋愛においても、その少年性がすごくいいなあと思いました。
    それは二郎が薄情なのでなく純粋に少年性をもっているということだと思います。

    • admin より:

      コメントありがとうございます!

      ぼくはツイッターの感想を読んでから、
      あの記事を書きました。

      その後、ブログの感想を読んでみたら、
      「薄情」だという意見のサイトの記事も読みました。

      いろんな意見があっていい映画だと思いますが、
      ぼくも二郎は薄情には思いません。

      あまりに純粋すぎて(少年っぽすぎて)
      周りが見えてないだけで、
      根っこの部分では情熱的で
      誠実ですらあるとぼくは思います。

      あと、ぼくも二人は幸せだったと思います。

      これも恋愛観の問題かもしれませんが、
      北野武映画(HANA-BIやあの夏いちばん静かな海)にあるような
      美しさや幸せの絶頂で終わりを迎えるというのは、
      周りから見たら儚くかわいそうに見えるかもしれませんが、
      当の本人たちからしたら幸せだと
      ぼくは思います。

      そうですね。
      部外者がとやかく言うもんじゃない(笑)!

      たぶん、二郎は完璧な恋愛をしたと
      男としては思っていると思います。

      だって男はどんな状況であろうが、
      100%女性に愛されたいと思っているからです。

      そして、大好きな女性の愛を
      全部欲しいわけです。

      心理学的にも、
      息子は最愛の母の愛を邪魔する父と敵対して、
      父親は最愛の妻の愛を自分から何%か奪われると嫉妬します。

      二郎にはそういうのが全くなかったので、
      ぼくは理想的な恋愛だと思いました。

      菜穂子がどう思っているのか?
      ぼくはあんまり想像つかないです(苦笑)。

      女の人は魔性な部分があるから(笑)。

  3. 不知火36 より:

    突然の書き込み失礼します。
    なかなかユニークな感想ですね。
    少年性と、老人性かぁ、その観点は無かった。

    さて、ちょっと一言。
    わかっていると思いますが、この話は宮崎駿監督の創作です。
    実在の堀越二郎氏は、堀越須摩子氏と結婚され、ご長男もいます。
    ノンフィクションでは、結婚して子供もいるが、フィクションでは子供がいないという表現が適当かなと思います。

    そうすると、宮崎監督の少年性が際立つかな。

    私自身は創造者の覚悟と犠牲の話だと思ってみていました。

    もっと端的に言えば、仕事を背負うことへの覚悟と犠牲でしょうか。
    日本の国防を担う最先端の戦闘機を設計する。
    今の日本で言えば、F22クラスの戦闘機を日本独自で設計するのと同じプレッシャーでしょう。

    その際、男が覚悟して捨てるものはなにか?
    それをあらわしている作品のように思います。

  4. テトコン より:

    風立ちぬ」の感想を拝見しました。

    主人公の二郎が「少年性」の強く表れた青年との考察には私もその通りだと思います。

    彼の「少年性」に気付けるのは既に成人した視聴者で、だからこそこの映画は「大人向け」と呼ばれるのでしょうか…。

    二郎、あるいは菜穂子のような真っ直ぐな生き方を、現代に生きる自分がどれ程実践できただろうか…いささか惨めな気分も味わいました。

    劇中の二郎の苦悩・恋愛描写に関してはあまり理解出来ませんでした。私はものを「創る」人間でも、あのような「大人の恋愛」をする人間でもありませんでしたから。共感出来ませんでした。

    否定的な表現を多用してしまいましたが、私が「風立ちぬ」を見て今心に浮かぶのは、「断絶」と「喪失」というワードです。にもかかわらず私はこの映画を良い映画だと思います。

    個人的に宮崎アニメ最高と信じる「もののけ姫」
    の次に好きです。二郎はアシタカとは異なるタイプの主人公ですが、ヒロインからは深く愛されていますね。それが何よりの救いです。

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